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すかしたフィルター

頭の中ってごちゃごちゃしてるよね。

個性とフィルターの話

お疲れ様です。モロズミです。

 

 高校生の時に、授業で「構造主義」を学ぶ機会がありました。

 構造主義とは、――私の解釈ですが――

「自分が考えているものはすべて他人からの受け売りであり、オリジナルなものはない」

という考えだと思っています。

つまり今自分が考えていることはすでに誰かが考えたことであって、自分自身が生み出したものは何もない。個性というものは存在しえないのだ、と。

 もちろんほかにも核となる考え方はあるのですが、私のなかでもっとも衝撃的なものはこれでした。

自分が考えてきたものはすべて自分のものではない。確かに、何かを話したり考えたりするなかで、いちいち自分の脳みそだけで考えるというのは非効率的ですし、他人から聞いた話、というのは筋が通っていて、いったん自分の中を通っていますから、使い勝手がいいはずです。

じゃあ、今の自分は誰かの寄せ集めであって、オリジナルなものなんかないのではないか?個性なんて生まれないんじゃないか?と高校生の私は悩みました。

それから何年かずっと頭のなかでくすぶっていたのですが、最近、うーんこうやってみたらなんとなくわかるかもなあ、という考え方ができたので紹介します。

 

 

 突然ですが、みなさんエクセルって使ったことあります?めちゃくちゃ便利な表計算のソフトなんですけど。

そのソフトで新しいブックを作成して、新しいシートに全人類をぶち込みます。ちょうどアカシックレコードをコピー&ペーストするように。

ほんとうに全人類約70億人をそこに位置付けます。

上のラベルには名前、年齢、性別、住んでいる場所、話す言語、好きなこと、特技、家族構成、学校、会社、その他もろもろ、その人にまつわるものがすべて入っています。

そしてオートフィルターをオンにします。

そこから自分にあてはまるカテゴリーを選択していきます。

性別、母国語、出身地、年代、でだいたい10万人以下にはなるんじゃないでしょうか。

そこから特技や学校、できること、はては読んだ本、見た映画、付き合った人なんかもいれてみたら、そこに最後まで残っているのは自分しかいないんじゃないでしょうか。

この残った一人はほかの何十億人とは異なった存在です。

やりましたね、あなたはとっても個性的な人間です。もう全人類にあなたと同じような人はいません。

と、言われても、全く嬉しくありません。

いまや私たちは「もともと特別なオンリーワン」だということを知っていますし、たくさんのフィルターを経由してきたのを知っているからです。

でもオリジナルというものはそこにしか存在していないと考えます。

確かに、平平凡凡なフィルターの重なりかもしれませんが、その重なりは自分だけのものです。

たとえば野球ばっかり経験してきた人間と読書ばっかりしてきた人間では世界のとらえ方が違うはずです。

もっといえば同じ読書のなかでも源氏物語ばっかり読んできた人間と夏目漱石ばっかり読んできた人間でも違いはあるはずです。

確かに私たちは誰かの言葉を借りることでしか何かを語れないかもしれませんが、誰の言葉を借りるかは自分で選択することができます。

それがひとつひとつのフィルターになっているのです。

このフィルターというのはただ放っておいても機能しません。私たちが何かをアウトプットしないことにはそれを実感することができません。

アウトプットというのは本や文章を書くということだけでなく、人とのコミュニケーションなどもアウトプットに含まれます。

同じものをみたときに、AさんとBさんでは思うところが違うはずです。それはAさんとBさんは異なったフィルターを通してものを見ているからです。

つまり何か反映するものがなければそのフィルターは目に見えてきません。

何かを書くとか、何かを見るとか、そういったものがなければ、ぜんぜん機能しないのです。

個性ってものがすこしわかった気になりませんか。

この考え方をするようになってから私は少し楽になりました、特に個性ってものを欲していたわけではないのですが、うーん、裏付けがとれたような気がしたからです。

そして、理想の自分やなりたい自分が持っているフィルターってなんだろうと思うようになりました。

フィルターは自分で付け足すことができますから、自分なりにカスタマイズしてさらに自分だけの自分を作ることができるのです。

なんとなく、いい気分になりませんか。

 

現実だとこんなこといってもなかなか理解されないですけど。

わかったような気分になっていただけたらうれしいです。